浄土宗八幡山浄光院 森巖寺

境内ご案内

境内ご案内

趣のある木の山門をくぐり、石畳の参道を進むと、正面には秀康公の位牌所として風格のある本堂が皆様をお迎えします。淡島堂や淡島幼稚園などの境内の建造 物と開山当時からある見事なイチョウを始めとする木々が調和しており、昭和59年には世田谷区民の皆さんによってせたがや百景に選ばれました。緑豊かな佇 まいと、由緒正しい400年の歴史。「お檀家様とのより良好なる関係づくり」「森巖寺の歴史を伝え、地域貢献の拠点となる環境づくり」の考えのもと、いつ の時代も皆様と共に歩む、憩いの場でありたいと日々願っています。

■本堂

■淡島堂

■不動堂・閻魔(えんま)堂

■開山堂

■針塚・石棺

■弁財天

■墓所

■淡島幼稚園

■イチョウの木

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本堂

img-7本尊は、阿弥陀如来立像を本尊仏とする弥陀三尊(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)です。
黄金の弥陀三尊の元にある厨子に秀康公の位牌も安置されています。2度の火災に遭いましたが、現在の本堂は昭和39年に建立されました。

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淡島堂

img-5現在の淡島堂が完成したのは天保7年。大黒様も安置されています。淡島堂に祀られる淡島様は、江戸時代、女性や子供に関するありとあらゆるご利益を授ける守り神と崇められていました。ご祭礼は医療と医薬の神の少彦名神。創建当時から佇む森巖寺の淡島堂は、開山上人に由来しています。
初代住職清譽存廓上人は紀州の出身で、持病の腰痛に悩まされていました。ある夜、故郷の淡島様が夢枕に立ち、灸治の零示を受けました。
早速、自分の足へ施灸すると、永年の腰痛が嘘のように全快したそうです。そのため、紀州加太の本社に願い出て境内に淡島様を勧請しました。
近くにある淡島通りの名前はこの淡島様に由来します。

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不動堂・閻魔(えんま)堂

閻魔_1お堂に向かって左側に閻魔大王像、右側に不動明王像を安置します。この二つの像は、悩める人々を教え諭し、救いへと導く力強さの現れです。
閻魔大王はインド神話では光明神の一人とされ、人類の祖先で、最初の死者として浄土に住み、祖霊を司っていましたが、後に死者の生前の善悪の最終審判を下 す地獄の神様となったと言われています。また、お地蔵さまの化身とも言われています。閻魔大王像は目を大きく見開き、怒った怖い顔をしていますが、これは 再び罪を犯さないように叱咤しているためです。昔は子供の躾に「嘘をついたら閻魔様に舌を抜かれる」と言ったものでした。四角い冠を被り、右手に笏を持 ち、赤い衣装をまとっています。閻魔大王像の脇には、三途の川のほとりにいて、罪の重さの目安とする亡者の着物を奪い取る奪衣婆の像も置かれています。
不動明王は大日如来のひとつの姿と言われます。閻魔大王と同様に怒った怖い顔をしていますが、仏の教えに従わず、煩悩をかかえ、最も救いから遠い衆生すら も、叱咤し、力ずくで救うという表情です。右手に魔除けかつ人々の煩悩を切る剣を持ち、左手に悪を捕縛し人々を救い上げるための縄を握り、背中には悪を焼 きつくす炎を背負っています。不動明王像の前には像の体内に納められていた小さな不動明王像が置かれています。毎週日曜の12時〜14時には不動護摩の祈 祷も行っています。

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開山堂

img-10開山堂は開創四百周年記念事業の一環として、お檀家様をはじめ、地域の皆様にも広くご利用いただけるよう、平成20年秋に建立されました。
開かれた森巖寺でありたいと日々願っています。

 

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針塚・石棺

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針供養:区の指定無形民族文化財

毎年2月8日に行われている針供養は道具を大切に扱った先人達の思想を今に伝える貴重な存在となっています。古針・折針を豆腐に刺して供養し、供養された 針は豆腐より抜き取られ、淡島堂正面にある石棺に納められます。森巖寺における針供養の創始は不詳ですが、安政3年(1856)刊行の『狂歌江戸名所図 会』には同寺の針供養に関連した狂歌が詠まれており、遅くとも安政期にはこの地で針供養が行われ、その施灸と共にかなりの著名であったようです。

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弁財天

img-8弁天様の名でも親しまれています。弁財天はもともとインドでは水の女神様でしたが、水の流れる音から音楽、しいては伎芸や福徳を司る神様と考えられるよう になりました。また、河のめぐみをもたらす豊饒の神でもありました。森巖寺の弁天様は八本の手をもつ一面八臂の姿で、頭上に頭は人、体は蛇の老人の姿をし た宇賀神像が乗っています。これは民間信仰であった農業神・穀物神の宇賀神と習合した形と見られています。弁天様にはいろいろな姿をしている像があり、森 巖寺のように八臂の姿のものの他には、二臂で琵琶を抱える姿をしている弁天様もあります。また弁天様の水の神様という性格と、財宝を与えると言う利益が由 縁となって、弁財天に参詣してお金を浄めるとお金が増えるという利益があるともいわれ、 弁天様の近くに銭浄があります。
img-15日本では七福神の一人として、芸術、智恵、寿命、財宝等を与える利益があるだけでなく、悪夢や邪気などを取り除き、病気や苦しみを遠ざける、ともされています。またその姿の美しさから、愛敬の徳を表した神としても敬われています。

 

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墓所

img-11本堂横の通路を進むと、そこにはバリアフリー設計の広々とした墓所が大きく広がっています。開創四百周年記念事業として平成15年に、境内整備プロジェク トをスタートし、平成19年3月、基本工事が完成いたしました。もともとは徳川のお寺だけに境内に正式な墓地はありませんでしたが、四百年の時と共に増え た飛び墓地や家墓を、先々代の住職が本堂裏に一旦移転し、整備したのが始まりです。そもそも、この一体は、築山として「鍋島山」と呼ばれ、盛り土をした場 所であり、傾斜した土地でした。また移転の際に通路整備も十分でなかったことからこの記念事業を期に墓所として整地し、大整備が開始されました。
「森巖寺の歴史を伝え、地域貢献の拠点となる環境づくり」の考えのもと、開山堂建設・墓地基盤整備などが進められています。

 

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淡島幼稚園

img-12森巖寺の境内にある淡島幼稚園は、森巖寺先々代住職の加藤昌円上人によって昭和27年に開校されました。
都心にありながら緑豊かな森巖寺の伝統と慈愛のなか、浄土宗の精神を柱とし、三大仏忌や節分会などの行事をとおして仏心を育むことを基本理念としています。

 

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イチョウの木

開山当時より境内にある樹齢400年以上の大イチョウの木。
大樹・銘木コンクールにも入賞したこともあり,世田谷区の保存樹に指定されています。
森巖寺付近の建物はイチョウの木を守るために、考えて建てられています。

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